流行は渋谷の街を歩けばダイレクトに感じられます

カリスマ店員と呼ばれるファッションリーダー達が作り上げた旬のスタイルは瞬く間に広まっていきます

エクステ渋谷の代名詞「ビーカフェ」で付けたい放題

女子高生を中心とする流行は渋谷で生まれる

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渋谷が若者に人気な流行発信地である理由

渋谷が若者に人気の流行発信基地となったのはどのような理由によるのでしょうか。

1970年代以前の渋谷は今のような若者の街ではなく、どちらかといえば、
東急沿線沿いに暮らすファミリーが集う街で、現在のような雑踏と情報であふれる街ではなく、
ほのぼのとした印象すらあったと言います。

それが現在のように若者文化の発信基地に変わっていったキッカケとなったのは、
第1弾は、1968年の西武百貨店の進出ではないかとされています。
渋谷といえば、多くの人がご存知のように東急を中心として開発整備が進められた街です。
渋谷駅からは何本もの東急線が走り、その沿線上に多くの住宅街を形成し、渋谷駅はその住民が集う
ターミナル駅として、東急百貨店や五島プラネタリウムを擁する東急文化会館などが作られました。
そこに鉄道会社としても百貨店としてもライバルである、西武が渋谷の街に進出したことで、
若者へのアピールを展開する競争が始まったのが、若者に人気の流行発信地の先駆けになったのでは
と言われています。

そして、1973年には西武系であるパルコが進出し、ファッションビルとしての物販だけでなく、
パルコ劇場やシネマなどを擁する新しい路線を展開していきます。
また、パルコの目の前の通りを公園通りと名付けて道の名前も、お洒落に変更する火付け役となり、
その後、公開生放送のブースなども設けられ流行の発信基地となるスペイン通りなども
誕生しました。

これに対抗して、1989年に東急ではBunkamuraを創設し、シアターコクーンなどの
若者にも話題となる舞台を公演する劇場や、ザ・ミュージアムという美術館、
オーチャードホールといったコンサート会場を作り、その前の通りを文化村通りに改称しています。

そして何より、女子高生を中心とした若者ファッションの発信基地となったのが、渋谷109です。
1979年に開業して、現在の名前に改称されたのが1989年のことです。
8階建てでビルの規模としてはそう大きくはありませんが、120店舗あまりのアパレルや
アクセサリー、コスメなどのショップが並び、ショップ店員がカリスマ店員などと呼ばれて、
女子高生のお手本となり、ファッションリーダーとなって、流行を発信してきました。

若者がターゲットになったことや、若者が渋谷に集まってきた理由の1つには、
渋谷の街はもちろん、渋谷駅を結ぶ沿線上に、大学や高校など学校が多いことが1つの理由です。
都内をはじめ、神奈川県、埼玉県ともダイレクトに繋がっている渋谷駅は、多くの若者が買い物や
レジャーに訪れる街として生まれ変わっていったのです。